私は自由を手に入れるためにフリーランスのライターになる

あなたは自由を手に入れたいだろうか?

いやその前にそもそも自由とは何かについて定義しなければならないだろう。

英語でいうところの「Freedom」と「Liberty」は共に和訳すれは自由となるのだが、その意味合いは大きく異なる。

「Freedom」とはニュアンス的には「自由気まま」なイメージ。だから日本語の自由の真の意味は「Liiberty」の方が強い。責任と権利を伴った自由がLibertyなのだ。

さて、ここであなたに問いたい。

あなたはフリーランスのウェブライターになって、どちらの自由を手に入れたいのだろうか。

勝手気ままに浮浪雲のように自由に漂う自由と(決してそれが悪いと言っているわけではない)、責任を持って好きなときに好きなものを手に入れられる自由。

「フリーランス」とはもともと「自由」と「槍」の合成語で、古代の傭兵を意味する。軍隊に属せず自分の槍という武器と槍捌きというテクニックを携えて戦場に赴き金を稼ぐ傭兵。それが現在の自営業者を指すようになったわけだ。あなたにとっての槍はペン(いや今はパソコンか)で文章を書く能力が槍を扱うテクニックだ。それがあれば組織に属さず、自分の力量次第で他の兵隊よりもたくさんの報酬を得ることができるようになる。自由の身だから嫌いな領主に従う必要もない。

そんな自由を求めてフリーランスを目指す人は多いし、それは正しい選択だと思う。

フリーランスになれば、嫌な上司に命令されることはないし、無駄な付き合いに神経をすり減らすこともない。人間関係においての胃痛から解放されるのだ。

時間のコントロールに慣れてこれば、自分の時間は自由に調整できる。平日の朝からビールを飲むことだってできるし、誰もいない日中の映画館を独り占めすることもできる。

ライティングスキルを上げクライアントからの高い評価を得られるようになれば、サラリーマン時代よりも収入を増やせることは間違いない。

これがおそらくフリーランスのウェブライターになって手に入れることができる自由、「Liberty」だ。収入を増やし、時間を自由に使い、うざったい人間関係から解放される。

能力のあるフリーランスになれば、それは手に入る。

しかし、平均以下で向上心と行動力に欠け、いつまでもビギナーレベルでうろうろしていると、気ままな自由すら手に入らない。

時間の自由は報酬とトレードオフになる。報酬が少なければ1日24時間をフルに切り売りして、低単価の仕事を捌き続けなければ食べていけない。これが一番大きな壁だろう。何をどうしたら報酬を増やせるのかがわからなければ、同じことを続ける限り同じ報酬しか得られない。そうなれば朝からビールを飲むことも、昼から映画を貸し切ることも無理だ。

毎月の収入は定額で保証されるわけではないから、月末の支払いに肝を冷やすことも、一度や二度ではないかもしれない。

ならばせめて、人間関係くらいは自由になりたいと願うかもしれない。

しかしそれだって、嫌な上司が嫌な「クライアント」に変わるだけで、能力がないウェブライターには嫌味に満ちた記事チェックや、心臓に悪い契約打ち切りなどの仕打ちが待っている。独立してそのような経験をすると、以前は鬼か鬼畜かと思っていた上司や会社が、いかに自分を守っていてくれたのかを痛感するかもしれない。

つまり何が言いたいかといえば、成長する覚悟と行動がなければ、フリーランスといえども真の自由を得ることはできないということだ。

シビアな話かもしれないが、それが現実ということも覚えておいた方がいい。

ただ、一歩を踏み出さなければ、何も始まらない。口を開けて待っていても、幸運にも天から何かが降ってこなければ何も得られない。(しかし時折天から何かが降ってくることもあるのは否定しない)

じゃあどうすれば?と思うのなら、筆者のウェブライター スクールをチェックしてみてはどうだろう?何かの参考にはなるはずだ。

イラスト:りぴ